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森の中を歩いていた。

こうやって言うとまるで何か木漏れ日に溢れた・・・そういった美しい光景に清々しさを感じる輩も多いのだろうが、自分は逃げ込むようにハッパを吸いに来ていた。

色々な事が嫌になって、森の中に逃げ込んでみた。煙草を一服する所だが悪い事にデニムのポケットに紛れ込んでいたのはあろうことかハッパだった。この流れから言って、まずは貴兄の期待を裏切っているであろう事を謝らなければならない。

まあ、謝った所で何が変わるわけでもないのだが・・・。

すぐに逃げ出したくなる割に面倒事を背負い込んでしまうタチの自分には、この日課がストレス発散に随分と向いているらしく、依存するかの様に、それでいてバラバラな時間帯に森の中へと休憩を取りに来ているのだった。

気の利いた椅子や机なんぞが木漏れ日溢れる森の中に存在しているはずもなく、適当な老木を探しては根元に座り込んで、申し訳無い気分で寄りかからせてもらってハッパを一服。

するとどこからか笛の音が聞こえて来るのだ。ん~・・・この音はフルートかな。

深い緑に染まった音符が木漏れ日をあざ笑うかのように飛び交い、挨拶を交わす。その光景が非常に可笑しくて、笑いながら音符の母親を探しにゾンビのようにフラフラと彷徨う。

音が止まったな。

「・・・どちら様ですか。」

未だ見えぬ姿の主が声を上げた。母親発見。

「はじめまして。しがないスモーカーでございます。」

ピエロのように大仰に挨拶してみせる。そこにいたのは美しい・・・若い、もしかしたら子供と呼んでも差し支えの無いような・・・シフォンのワンピを身にまとった女の子が、フルートを片手に立ちすくんでいた。

「それ、煙草じゃないですよね?」

怪訝な顔で訪ねる彼女に、紫色の煙で応える。

「何もしやしない。あんたの生んだ綺麗な色の音に導かれてやって来ただけだよ。何だっけ?」

「・・・・・・?」

「さっきの曲。」

「J.M.ラヴェルの『ボレロ』です。」

「そうか。教えてくれてありがとう。差し支えなかったら、続きを聴かせてくれないかな。」

彼女は少し後ずさった。彼女の挙動に目もくれず、適当な老木に寄りかかって、ハッパをふかす。こちらを警戒しながらも、スイッチが入ったのか、目を閉じて続きを奏でる。

「深い緑に染まった子供達が楽しそうだ。」

こちらの言葉が聞こえたのか聞こえてないのか、彼女は少し目を開けてこちらに一瞥をくれただけで、止める事無く演奏を続けた。
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1987/01/14
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