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完全フィクション
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何の変哲もない、大きめの公園。

大きな木々のおかげでなんとなく居心地がいいというだけで、
本当に普通の公園。

しかし、その風景は11月にだけ様変わりする。
その公園に植えられているイチョウの樹が、
黄色く染められた葉を、まるで祝福するかのように舞い散らすのだ。

そして、公園一帯の大地一面が黄色いじゅうたんとなる。

もちろん、木々にも葉が残っていれば、
黄色い空間がそこに出来上がるのだ。
現実離れした黄色の世界は、見ているだけで
異世界に来たかのような錯覚に陥る。

それほど遠くない場所にあるのに、もう何年もあの黄色い世界に
足を踏み入れていない。しかし、そんなことはおかまいなしに
きっとあの場所では一年に一時期だけ、あの黄色い世界を
展開していることだろう。自然とは、当たり前であるはずなのに、
人が作った何よりも、かくも美しいものだ。

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超能力と呼ばれる能力は、昔人間は普通に持っていたらしい。

物を触らずに運べるとか、そういうものではなくて、
テレパシーであったり、予知能力の類は「虫の知らせ」などと言われていた。
実際は人間の基本能力のひとつだったのだ。

ただし、漫画などに描かれているような自由自在のものではなく、
基本はやはり「自分や仲間に危機が迫った時」が、発動する条件だったように
推察する。動物なども大地震の前などに逃げ出しているという事例を考えると、
文明の発達とともにその能力が失われていったことに説明がつく。

超能力とは要するに、便利な文化に頼らない野生の力なのだ。
「勘がいい」というのも、きっと超能力の名残だろう。

だから超能力などと言っても、実際は人間が元々持っていた能力なのだ。
今の人類の何人かがその能力をいまだ失わずにいてもおかしくはない。
そう考えると、俄然超能力は真実味を帯びてくるのだ。

アメリカの軍部などでは、本気で超能力の研究に取り組んでいる。
そう考えると、さらに裏づけがつくことになる。
超能力は、使える人が少なくなっただけで、特殊ではないのだ。

もしかしたらみなさんも、何かのきっかけで超能力が使えるように
なるかもしれませんよ。
何もない部屋で

僕は独り想う。

外の世界を。

見知らぬ誰かを。

もちろんこの部屋には

窓もなければドアもない。

いつか覚えていたはずの

記憶すら忘れてしまった。

どうやって入ったのかも

最初からいたのかもわからない。

あるのは無機質なコンクリートの

天井と壁と床だけ。

僕は壁に寄りかかり

足を投げ出して座っている。

来ている服はコンクリートと同じ色の

長袖のシャツと綿パンだけ。

何年何月何日何時何分何秒かも

季節すらもわからない。

暑くもないし寒くもないから。

これから先もずっとこの部屋で

ただ想う。

出ることすら考えない。

ここには何もない。

どうやって生きているのかもわからない。

食べてもいないから排泄したいとも思わない。

いつか死ぬその日まで

ここでただ想うだけ。

記憶も何もないから

外に何があるのかも思い出せない。

僕は何故ここにいるんだろう。

眠気が来たから寝るとしよう・・・
とある国の少年が、足を滑らせて階段に頭をぶつけてしまった。

2,3日意識不明の状態が続いたのだが、幸いにも身体には異常がなく、
病院のベッドで目を覚ました。

意識が戻り、医師も看護婦もご両親も大喜び。
何か食べたいものはないかとご両親が聞いたりしていると、
少年は妙なことを言い出した。

「僕の頭の中で知らないおじさんがしゃべってる。」

事故の後遺症かもしれない。医師はすぐに診察を始めた。
すると、不思議なことがわかってきた。

頭の角度を変えると、しゃべっている人が変わるらしい。
女性が歌を歌ってるという時もあった。
原因は全くわからず、しばらく入院ということになった。

ご両親は不憫に思い、退屈でないようにとラジオを持ってきたそうだ。
すると、少年はとんでもないことを言い出した。

「ラジオでしゃべってる人と僕の頭の中でしゃべってる人が同じだ!」

ご両親はすぐに医師を呼び、ラジオと少年の頭の中の声との
同一性を調べてみた。すると、頭の角度を変えると話す人が変わると言うのは、
ラジオでチャンネルを変えることと同じことだったようだ。
少年は、ラジオ人間になっていたのである。

結局、原因も治療法もわからず、「声が聞こえる」というだけで健康そのものなので、
医師は退院させることにした。何かあったらすぐに来るように、とひとこと添えて。

結局少年は「頭の中の声」に慣れることが出来、
現在はうまくラジオライフを楽しんでいるそうだ。
ずっと前、何の気なしに空を飛べるような気になったので
おもむろに空き地で練習してみた。

自分でも何やってんだろうとか思いながら、
思念を集中し、水に身体を浮かばせるようなイメージで
身体の力を抜いてみた。

すると、フワッ・・・と身体が宙を舞った。

意識は基本的に丹田(下っ腹)に集中。
そこを起点として風を切るイメージで、前に進んだ。

結構集中力がいるもので、少しでも意識を乱すと落ちそうになる。
なるほど、これは神経使うな・・・と思ったのを覚えている。

そんなこんなで人に見られるワケにも行かないので、
今では真夜中に飛ぶことにしている。

いろいろと気を使うことはある。なるべく気付かれないように高めに空を飛ぶ。
でもあまり高すぎると、酸素も薄くなり、気圧の関係で頭痛がしてくる。
飛行機や鳥にもぶつからないようにしないといけない。

本来、人間は空を飛ぶように進化してきていないので、
思ったより不自由で不自然だ。

もし、空を飛ぶことを夢見てる人がいたら、飛べるなら飛べるなりに
気苦労があることを覚えておいてください。

道路と違って全方位に気を使わないといけないから大変だし、
雨の日には意識が乱れるので飛びづらいです。びしょ濡れになるし。
傘差しても風で飛ばされちゃうし。意外と面白くないです。最初だけです。

夜の間だけしか行動できないし、疲れるから旅行なんて行けないですよ。
地図見ながらだと意識が集中できなくて落ちそうになるし。
相当訓練しないと、スピードも車より出せないですしね。

どんな分野でも、努力は必要みたいです。
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耕助
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37
性別:
男性
誕生日:
1987/01/14
職業:
フリーター
趣味:
音楽鑑賞
自己紹介:
夢人に付き合わされた哀れな若輩者
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