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何もかもに満足していた。家族も子供たちが孫を作り、健やかに育ってくれたし、変に真面目過ぎる事も無く、私はとても幸せだった。

妻も良くここまで寄り添ってくれている。何一つ不満なんて無かった。他人にとっては欠点と呼ばれるような部分も、自分にとってはいとおしいと思えてしまうのだから、不満なんてあろうはずがない。

若い頃はスリルを求めた事もあったが、老い先短い今となっては、ただただ家族が平和に楽しく、時には壁を乗り越えながら成長し経験を積んで行って欲しいと思うばかりだった。

最近とみに物忘れが激しい。頭に浮かんでいるはずの言葉が出て来ない。不思議に思った。それにそこかしこに痛みもある。一体私はどうしてしまったのだろう。



診察を受けてみたら、と妻に促された。もちろん言う通りにしたし、安心したかったのだが、逆に覚悟を決めるきっかけになってしまった。

病名は、認知症とガン。全身に転移していて、手の施しようが無いらしい。

特に思い残す事は無いのだが、容易に愛する家族に多大なる迷惑を掛ける事は明白だった。しかも、その先で家族が報われる事無く私は旅立つことになるだろう。

ふと夜妻と見ていたニュースを思い出した。現代はとても便利な時代だ。インターネットで調べ、準備をした。我が国では許されていないので、目的地へと赴く必要がある。幸い蓄えはあったので、家族全員のチケットを取れるような下準備をしておいた。

そこからは少しだけ時間が掛かった。通訳や担当の人間を呼んで手続きの確認。家族への説得。ありがたいことに反対してくれたのだが、時間を掛けて説得し、私の決断を理解してもらったのだ。

一番怖かったのは、痛みでは無く、愛する家族の事がわからなくなってしまう事。痛みだけだったなら、潔く戦う事を選択したかもしれない。しかしわからなくなってしまうと言う事は、本当に悲しい。私にはとてもではないが耐えられなかった。



夫は、本当に人生で最高のパートナーでした。家族全員のチケットまで用意してくれていて、私たちのすべきことは、夫の決断を飲む事だけでした。最後にはとても楽しい時間を過ごして、最後の確認をした後、夫は致死量の薬品入りシロップを飲み干したのでした。

とても安らかな、満足した笑顔で夫は旅立って行きました。家族たちは皆、泣いていました。そこに集まった誰もが、自分にとって最高の家族だと再認識した瞬間でした。



私は次の手を打った。マスコミを操作し、安楽死と言う選択肢を心の中に植え付ける事にした。私がいる間に実現するかどうかはわからないが、合法化する必要がある。

ありがたい事に我が国には古き武士道に基づいた死に美徳を見出す死生観がある。人権を逆手に取って法案を通せば、いつしか自らの判断で数を減らし、納得して天に召される事の出来る時代になるだろう。

人が選択すべき最期の決断。その一つが安楽死になる為に。
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1987/01/14
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自己紹介:
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