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「今日、満月か…。」

摩天楼の上層階、都会の夜景を見下ろせるテラスのあるバーで、ジンベースにバイオレット、レモンを絞って濾して注いだカクテルを楽しみながら呟いた。

私は今日失恋してしまった。

それは、もちろん私のワガママだったし、相手には家庭があった。家庭をとても大事にする彼を振り向かせるなんて、出来ない事はわかっていたのに。私の想いは当然届かず、ついに決定的な返事をもらってしまった。

あまりにもハッキリ、そしてスッキリとした答えに、このカクテルが持つ意味の様な彼の素敵さを、魅力を再確認してしまった。今飲んでいるのは私が注文したからだが、状況から言って彼におごってもらったようなものだ。この恋はおしまい。始まってすらいなかったのだけど。

カクテルの香りがまるで無様に誘惑し続けた私の無駄な妖艶さのように想い、親近感を感じながら味わっている。涙はもう流さない。むしろ諦める決心が付いた。

親友には、物好きだと言われた。彼は周りの人から見たら、極々普通のおじさんだったようだ。しかし私は身が燃え尽きる程恋焦がれたし、本当に彼の事が好きだった。きっと彼の奥様には、凄く滑稽な話だけど、気持ちを理解してもらえると思う。

これで良かったのだ。彼の家庭を壊さずに済んだのだから。彼には子供だっている。守る物が、捨てられない物が多過ぎた。そしてきっと、彼は独りだったとしても、私には振り向いてくれなかったであろう事は、実は理解していたのだと思う。

青い月を見るよりも可能性の低い奇跡。そんなものを私は長い間追い求めていたのだ。非常に無駄な時間だったとしても、自分を納得させるには必要な時間だったのだと思う。時間を掛けなければ、私は諦める事が出来なかったのだ。

きっと彼はこれからも私に、今まで通りに接してくれるだろうし、その彼の優しさに対して、私は傷ついては行けない。そんな事は、今日で、今夜で終わりにしなければならないのだ。ただの気の迷いであったと、盛っていただけだと、満月のせいにして、気持ちを葬り去らなければならない。それが出来ない事は、まっすぐに私の気持ちと向き合ってくれた、彼に対しての侮辱にも成り得るからだ。

夜風が気持ち良い。火照った身体を、もう少しだけ感覚を鈍くする為に、おかわりを頼んでしまおう。酔いにまかせて、素敵な夢だったと笑い飛ばそう。そうこれは、私の真剣な、とても大切な、血迷った末の笑い話だったのだ。
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1987/01/14
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自己紹介:
夢人に付き合わされた哀れな若輩者
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