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寒い。

温かいコートを着てはいるが、耳や頬を撫でる風はナイフのような痛みすら覚える。

今は冬なのだから当たり前の事なのだが、科学の進んだ現代に至っても、気温と言うものはコントロール出来ないらしい。冬どころか夏だって、四季の分かれるこの日本ですら、異常気象が毎年目立つようになった。いや、ハッキリと四季の分かれる日本だからこそ、異常が際立つのかもしれない。

吐く息が容易に白くなる。吐息と気温の温度差が生み出す自然現象だ。それを美しく思う事もあるし、子供の頃には同じような見た目の煙を模して、煙草を吸う素振りを真似て何が楽しいのか良く笑っていたものだった。

まだ歯がガチガチ言うぐらいに震えていないだけまだまだ寒くなる余地があると言う事になるが、出来れば下がるのはこの辺でご勘弁願いたい所だ。

仕事が終わり帰途に着くと、家内が出迎えてくれる。抱き締めたハグの感触は、冷え切った身体にとてもありがたいぬくもりをくれる。

家の中にも寒さを感じてはいるが、外よりははるかにマシだ。こういう時に住む家のあるありがたみと、家にいてくれる家族のありがたみを痛感する。

コートを脱いで、力を抜けば糸が切れたように座り込む。しばらく仕事が終わり、帰宅した温かさの余韻に浸っていると、魚と野菜で作られた鍋を御椀によそい、持って来てくれる家内。食べて良いよと言う声を受け流して、家内が自分の分を持って来るのを待つ。

準備が出来て自分の口の中に鍋のスープと具材を流し込むと、口の中から喉、五臓六腑に染みわたる温かさ。冷え切った身体にはこれ以上無いネクタルとなる。

肉が大好きな自分ではあるが、こうなって来ると魚も野菜も実に絶品である事を思い知らされる。おかわりは?の問い掛けに頷かない手は無いだろう。

こうして外側も内側も温められて、テレビを見たりして心も柔らかくなったところでやる気も出て来る。片付けなければならない事を片付け始める。全てが終わる頃にはもう真夜中になっている。

さすがにそろそろ眠りに着こうかと思えば、家内が女性ならでは眠る為の支度を始める。そそくさと自分が先に布団に入り、身体を温める。耳かきなどをしてもらう時もあるが、まさに天国そのもの、心も身体も幸せで暖かくなるのだ。

最後に家内と抱き合ってから眠りに着く。冷め切った全てを温めて、一日が終わる。夢も見ない程に深く深く眠りに着く。終わりに向かう私の温度は、毎日右肩上がりだ。
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何が原因だったのか。もう忘れてしまった。

自分がコントロール出来なくなってどれぐらいガ経ったのだろう。
誰かしら…誰だったのかも覚えていないけれど。
泣き叫んだり、物を投げたり、当たったり。
家族なのかもしれないし、他人かも知れなイ。

もう思い出せなくなった人たちに、たくさん迷惑を掛けた。
自分ではどうして良いのかもわからずに。
きっと周りの人たチもどうしていいのかわからなくなってしマっただろう。

申し訳無いと言う気持ちはあったが、自分の事で一杯だった。
何一つ上手く行かず、約束をしても守る事が出来ない。
感情をブつける事がSOSのつもりだったけど、
自分が受ける側だったとしたらとっくに見捨てているとも思う。

何度も薬も医者も変えて。自分に合わない、自分に合わない。と。
繰り返すうチに何が自分にとって良い物なのかも判断出来なくなった。
思い出そうとしても、うすぼんやりとしたもやが頭の中に掛かっていて、
少し前の事すらも思い出せない。楽しい事も忘れてしまったのだろうけど、
悲しい事も辛い事も苦しい事も覚えていないからこれで良いのかもしれない。

何一つ効果なんて無かったのかもしれない。手足を動かすのにもフラフラで。
何かを食べる事も億劫になって痩せ細って行った。骨と皮だけになる。
余計なものが無くなって、身軽で良いのだが力はあまり入らない。
誰かに話し掛けられた気がしたが、反応スる前に通り過ぎてしまった。

頭の中には何も入って来ない。このまま、眠りに着いてしまえば心地良い。
目覚めたとしても、眠る前の事は思い出せない。頭の中は常に真っ白で。
もう何度記憶が消えて行ったのかすらもわからない。

何度も薬も医者も変えて。自分に合わない、自分に合わない。と。
繰り返すうチに何が自分にとって良い物なのかも判断出来なくなった。
思い出そうとしても、うすぼんやりとしたもやが頭の中に掛かっていて、
少し前の事すらも思い出せない。楽しい事も忘れてしまったのだろうけど、
悲しい事も辛い事も苦しい事も覚えていないからこれで良いのかもしれない。

泥のように力も入らず眠くなる。そういえば自分が何者かも忘れてしまった。
私は誰?ここはどこなんてフレーズが飽きる程繰り返される。
忘れてしまったことはきっと必要の無い事なのだろう。私にトって。

何かをしようとする想いすらも浮かんで来なくなってしまった。
ただ、毎日を繰り返すだけ。

何もかもが、わからない。

全て、忘れる。
俺は背が高い。

だから大抵の女の子は自分よりも背が低くて、例えばヒールを履いていても、背が高いねと周りから羨ましがられていても、それをコンプレックスに持っていたとしても、雲散霧消。俺から見ればみんな『自分より背が低い女の子』になる。

ネット上でたまたま出会った…と言っても良い物かどうかわからないが、とにかく知り合った女性。しばらくの年月それだけで過ごし、たまにお互い忙しくなったりして疎遠になった事もあったけれど、とにもかくにも写真を交換する事になった。

正直言って、自分は容姿には自信が無い。だけど偽ったりしても後で困るのは自分だし、それこそ『ありのまま(笑)』の自分を見せる事にした。それでダメなら仕方が無いと思ったからだ。自分が悪い。

自分の写真も見せてもらい、自分の写真も見せた。彼女は可愛らしさもあり、美しさも感じられた。素直に相手を褒めたし、俺と言う人間が大丈夫かどうか確認を取った。恋愛ごっこのようなやり取りは以前からあったのだが、彼女が落胆しているんじゃないかと心配になったし、俗に言うイケメンじゃなくて申し訳無いなあと思うばかりだったからだ。

様々な意見を交わして、彼女と会う事になった。色々準備をしなければならなかったので、遅刻気味に待ち合わせ場所に現れた彼女は



写真よりもはるかに美しかった。



正直言って、写真の女の子本人に間違いは無い。それはわかる。目の前に現れた女の子は、見惚れる程に美しく、しばし言葉が出ない程だった。誰かに騙されているんじゃないかと思った程だ。

話し始めると、緊張している自分の心配をよそに、自分から良く話してくれた。後でそれは自分を気遣う思いやりから来るものだとわかったのだが、あっという間に距離が縮まった気がした。一緒にいて楽しいし、何よりも会話が続く。様々な人間関係のこじれにうんざりしていた自分だったが、これが最後の幸運なのかもしれないと、彼女に夢中になった。

住んでいる場所は離れていたから、強行軍で会いに行ったりした。彼女は故郷に帰らなければならない予定だったけど、自分の気持ちは伝えておかなければならないと、求婚して置いた。





彼女の帰郷にお互い涙したり、遠距離恋愛を経て、籍を入れる事が出来た。今彼女は隣で一緒にテレビを見ている。毎日訪れるこの時間は自分にとって本当に安らぎだし、幸せ以外の何物でも無い。

「私の事、まだ少しは好きなのかな?」

とよく聞いて来るけれど、君にはわからないだろう。今でも俺は君に毎日惚れ直している。世界に絶望していたはずの自分が、幸せを感じている。毎日が楽しい。





クルクルと表情が変わる、明るくて少しだけ背の高い女の子。
本を開いて、ページをパラパラとめくる。

何度も繰り返している内に、自分の好みの作品を探し出す。

レジに向かう。

「これください。」



CDを視聴する。再生ボタンを押す。

いくつかボタンを押して曲を変えている内に、自分好みの楽曲を見つける。

レジに向かう。

「これください。」



PCを立ち上げる。暇潰しにクリック。ページを開く。音が流れる。飛び込む文章。舞い踊る画像。揺らめく動画。打ち震える心。

ブックマーク。



ふとしたことで、喧嘩になった。

今までそれ程仲良く無かったのに。

お互いに許せない何かがあったのかもしれない。

最初はお互いを避けていたけど。

我慢出来なくなって本音をぶつけ合った。

酒の席も交えて、夜を明かした。

お互いの道は譲れなかったが、心が通い合った気がした。

酔い覚ましに烏龍茶を飲みながら。

二人だけの交差点の上で。



ネット上で徘徊していたら、良くコメントし合うようになった。

お互いの顔も知らなければ、性別だってわからない。

だけど趣味が合った。話が合った。

チャットをすればどこまでも話が尽きなかった。

相手がどんな素性かもわからないけれど。

同じものを好きだと言う連帯感を感じた。

画面の向こうにいるのは、間違いなく温かい人間だった。

仮想空間の片隅で。



気にはならなかったけど、ふと目が合った。

アタシの好みじゃないけど、何かが気になった。

たくさんの人がいる飲み会で、その人だけに心が揺れた。

それはただの勘違いかもしれないけれど。

たった一夜で終わってしまうかもしれないけれど。

私の心は、確かに動いた。一緒に、身体も動いた。

話してみる。楽しかった。

二人だけの夜を過ごした。

喧噪で溢れかえる街の片隅で。私だけの夜想曲。



一目で、恋に落ちた。

話せば楽しかったし、一緒にいるだけで心が落ち着いた。

理由なんていらない。ただ一緒にいたい。

プロポーズも受けてもらった。

これから先、いくつもの夜を一緒に。

時には別々の場所で。同じ月の下。幾重もの夜を過ごす。

いつか家族が増えて、どちらが先に旅立つかわからないけれど。

最後まで一緒に過ごすつもりで、二人で歩み出した。

この長い道のりの真ん中で、君と出会った。



世界はどこまでも広がっていて。

70億以上の人間が、違う文化、土地、人種の中でひしめき合っている。

そこにはさらに多くの物がひしめき合っていて。

星の数ほどの中から巡り合える奇跡。

探せば理由もあるかもしれないけれど。

理屈なんていらない。

好きだから。
「何、今度のは勘違いだって?」

「ええ。何か逆恨み、人違いの上ストーカー行為を経ての殺しみたいですよ。」

「そりゃあとばっちりもあったもんじゃないな。」

「被害者からすればそんな事情は関係無いですからね。」

「大体同じ名前だからって確認すら怠るとは…。しかも自分が捕まるとかは考えて無かったのかねえ。」

「ストーカー行為でも立派に犯罪になりますからね。自己満足が満たせれば良いんじゃないでしょうか。」

警部と警部補が今回の事件について、苦渋の表情で状況を鑑みている。

「で、容疑者はなんだって?」

「尊厳を…とか挑発された…とか。まだ人違いである事も伝えて無い段階だったんで、それこそドヤ顔で語ってたらしいですよ。」

「バーナム効果の逆恨みか…。世も末だねえ…。」

「自意識過剰と過度なプライドが生み出す、とばっちりの迷惑行為です。」

「当人の事情とか、そんな事は関係無いからな。犯した罪は償ってもらわないと。」

「正式な手順で裁かれて、順当に償う事になるでしょうね。」

警部は就職前に憧れていたドラマのように、ブラインド越しに外を覗いた。



「お姉ちゃんが通報した事件がドラマでやってるよ!」

「そんなもの見てどうするのよ。」

「どうするのよって…。自分が通報した事件じゃない。興味無いの?」

「無いわよ。犯罪に興味なんて。ただただ関わりたくないと思うだけだわ。」

「逆恨みで人違いなんだって。名前が同じだけなのに。怖いわあ。」

「そんなのやられた側には関係無いでしょ。勘違いだからって、罪が許されるわけじゃないし。」

「お姉ちゃん、どうなるかも知りたくないの?」

「無いわよ別に。庶民は庶民の出来る事をやっただけだわ。後は専門家に任せて、裁かれるなり、償うなりすればいいじゃない。」

「まあ…やった事が勘違いでも、別に罪が消せるわけでは無いよね。」

「そうそう。もう後戻りは出来ないの。人生にリセットボタンは無いのよ。ボーダーラインを越えたら、それでおしまい。自分だけは大丈夫、なんて思わない方が良いわ。」

「人を呪わば穴二つ…。」

「呪いだったらまだ洒落で済んでたかもね。でも国によってはそれすら裁かれるところだってあるのよ。」

「害意を以て害を与えようとすることが問題な訳だ。」

「しかも人違いなら、その人関係無いしね。私にとっても、その人がどうなろうと、知った事では無いわ。」

「南無阿弥陀仏。」

「それは被害者に向けてるのよね?w」

因果応報。南無。
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