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「マッチは、マッチはいりませんか。」

売れない、と言うことは無い。

私は繁華街の道端で、時折こうしてマッチを売っていた。

普通に買ってくれる人もいる。これじゃないと煙草が美味く無いよねえと言う常連さんもいる。雨の日も雪の日も。とにかく私は生きるためにマッチを売り続けた。

「マッチは、マッチはいりませんか。」

火をつける為だけのマッチ。実はもうすぐ工場が無くなってしまうのだと聴いている。仕入れるのはいつものことだが、その仕入れる先が無くなってしまっては、この商売も出来なくなってしまう。

別の仕事を探せば良かったのかもしれない。でも惰性で生きる私にとっては、マッチを売ることで生きる、と言うルーティンを崩すのが、何故かとても苦痛だった。

もしかしたらこのマッチを売ると言う行為自体に依存しているのかもしれない。

「マッチは、マッチはいりませんか。」

暑かろうが、寒かろうが、マッチは売れる。手元にあるものが最後のまとまり。これが無くなってしまえば、私はついにマッチ売りでは無いただの人に成り下がってしまう。それがとても怖かった。

怖かったけれど、決して最後まで止めようとは思わなかった。この籠の中のマッチを売り切るまでは、私はマッチ売りなのだから。

最後の一箱が売れた。とても寂しい気持ちになった。でも最後に買ってくれた紳士の旦那様は私の手を握って仰った。

「君はこんなに痩せ細って、頑張っていたんだね。聞けば工場は閉鎖すると言うじゃないか。どうだろう。ウチで使用人として働いてみては。」

願っても無い申し出。

のはずだった。

気が付けば私は首を横に振っていた。

「そうか。」

少し押し黙って、旦那様は何かを思い付いたように、再び私の手を握った。

「最後の一箱は、私が買ったものだけれど、君にあげよう。この一箱は、間違いなく君のものだ。…また会おう。身体を大事にしなさい。」

私は自分でもわけもわからないまま、旦那様のご厚意に泣いていた。旦那様は何か可哀想なものでも見るかのように振り返っては、去って行った。

最後の一箱は、私のマッチ。

そうだ、マッチを擦ろう。火を点けよう。

私が売り続けたマッチ。良く燃える。それはさながら私の命みたいに感じていた。

「暖かい…。」

雪も降り始めた街路の隅っこで、私は座り込んで身体を丸めてただマッチの火を眺めた。

最後の一本まで、私は見届けるから。

私の人生も命も。

ひとつ残らず燃やし尽くしてね。

私は温かな気持ちで、最後の火を眺め始めた。
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1987/01/14
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