完全フィクション
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アーティストの楽曲を『自分のことではないか』と
勘違いするファンがいるように、今僕が描いている
キャンバスに叩き付けたアートも『自分のことのようだ』
と呟く見物人もいる。僕は自分のために書いているのに。
ここに並べ立てられた作品群はリアルであって
フィクションでもある。全てが散りばめられた欠片
を思うがままに再構築して形にしたもの。
ただ、それだけ。
この作品群を僕自身として捉えること自体、
作品そのものの意義を大きく見失っている。
そのこと自体は別に構わないが、非常に愚かだ。
誰かに向けたものでもなく。自分のために描く。
それを自分のことだと捉えるのは一向に構わないが
それは個人個人のエゴでしかない。驕りでしかない。
そして自分のことだと勘違いしている人間は、
怒ったり、喜んだり。誰を相手にしているのか
知らないけれど、当の作者からすると非常に滑稽だ。
作品を通して自分自身を見つめ直し、戦う。
確かにそれこそがアートのあるべき姿なのかもなと
キャンバスの前でペンキだらけで一息ついて、
缶ジュースのプルタブを開けながら苦笑した。
矛盾が本質を導き出すなんて、なかなか粋だね。
勘違いするファンがいるように、今僕が描いている
キャンバスに叩き付けたアートも『自分のことのようだ』
と呟く見物人もいる。僕は自分のために書いているのに。
ここに並べ立てられた作品群はリアルであって
フィクションでもある。全てが散りばめられた欠片
を思うがままに再構築して形にしたもの。
ただ、それだけ。
この作品群を僕自身として捉えること自体、
作品そのものの意義を大きく見失っている。
そのこと自体は別に構わないが、非常に愚かだ。
誰かに向けたものでもなく。自分のために描く。
それを自分のことだと捉えるのは一向に構わないが
それは個人個人のエゴでしかない。驕りでしかない。
そして自分のことだと勘違いしている人間は、
怒ったり、喜んだり。誰を相手にしているのか
知らないけれど、当の作者からすると非常に滑稽だ。
作品を通して自分自身を見つめ直し、戦う。
確かにそれこそがアートのあるべき姿なのかもなと
キャンバスの前でペンキだらけで一息ついて、
缶ジュースのプルタブを開けながら苦笑した。
矛盾が本質を導き出すなんて、なかなか粋だね。
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