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あの人が死んでしまった。

あの人が大好きだった薔薇を、
お棺いっぱいに詰めて。

この街は冷たすぎる。
人々の体温すら感じる事は無い。

見上げた曇り空を裂くようなビルの群れ。
幾つもの誘惑と、甘美な囁きに溢れている。

雑踏は騒がしく平穏を乱し続ける。
ネオンサインの示す先は、ひと時の気休め。
欲望に飢えた人々の思想渦巻く吹き溜まり。

「私の色は失われてしまった。」

たとえ、どんな現実を突き付けられようとも。
この夜に終わりを求め、空を裂くビルの上に立とうとも。

私の心には、薔薇に飾られた、生前葬のように
美しいあなたの死に顔が咲き乱れている。

届かない、その現実的な距離を感じても。
この身朽ち果てるまであなたを想い続ける。

全てはきっかけに過ぎない。
私の心を捉えて離そうとしない。
撃ち抜かれたこの心は、
二度と触れる事の出来ない
あなたの為にあるのだろう。

神のみぞ知る、運命なんて信じない。

あなたと言う希望が失われたこの世界の、
私は何者も信じる事は無いだろう。

ただ、色を失ったこの道を歩き続ける。
ただ、時が過ぎ行くのを見届けながら。

あなたと薔薇のように美しく、
この命散り行くのを待ちながら。

あなたにしたためられた遺書を手に、
私は届かないあなたと歩いて行く。

全ては、きっかけに過ぎない。
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「見た目が綺麗な女はダメだ。性格が悪い。」

友達はそう言い放った。

「大体そんな女を目の前にしてみろ。緊張で身体が思うように動かないだろう。」

今日は友達と居酒屋に来ている。いつの間にか女性の好みについての話になっていた。そして友達は、酒の酔いも手伝って、ヒートアップの熱弁状態。

「性格だけ良い女もダメ。いつか後悔する日が来る。」

俺はちびちびと、久保田の千寿を飲みながら黙って相槌を打っていた。

「そこで、だ。見た目も性格もそこそこの女を選べば、万事安泰、何もかもが上手く行く。緊張もしないし、自然体で付き合うことが出来る。」

「見た目も性格も良い女じゃダメなの?」

俺は疑問をぶつけてみた。

「それじゃまるっきり理想の女じゃないか。夢を見ちゃあいけないよ。若者よ。」

おまえ同い年だろ…。

「余程の幸運でも無ければ、そんな女に会えるわけが無い。」

鼻で笑うように友達は言った。

「凡庸な俺たちが、そんな幸運に巡り会えるとしたら、それこそ神様の気まぐれ以外の何物でも無いな。」

だんだんと友達の言葉が子守唄になり、俺の相槌はゆりかごとなって…。

そのまま店員に起こされるまで、眠りこけてしまった。



それから、しばらくして、見た目も性格も好みの女性と出会い、遠距離恋愛の末、結婚するに至った。俺は今幸せだ。チャンスがあれば妥協してはいけないな、我が友よ。
まあ、よくある話なのだが、みんなで集まって怪談で盛り上がった。

酒も入っている事もあって、みんな舌が回る回る。
普段怖い話なんて縁の無さそうな奴まで、
躍起になって怪談を口にする。意外さも手伝って、
少しばかり遅い納涼に華が咲いた。

百物語にする程ネタは無いだろうし、
何より肝心要の蝋燭なんかも用意していない。
それぞれが思い思いに、満足するまで語った。

ネタも尽きてきたかな、と思い始めた頃、
一人の気の弱い女の子が、端から見ても
おいおい大丈夫か?と思うぐらいに真っ青な顔をして
ガタガタと震えながら、隣にいる女の子にしがみついていた。

「ちょっとぉ、大丈夫?」

しがみつかれている女の子が心配する。

「怖いよぉ・・・。」

涙目で、と言う表現は控え目で、
ボロボロと涙を流しながら泣いている。
さすがに可哀想と思ったのか、男の子の
一人が対策を口にし始めた。

「宗教の違いとかあるかもしれないけど、南無阿弥陀仏
と唱えると、霊が寄って来ないらしいよ。」

気休めだった。あまりにも震える女の子に、
自分でも信じていない話を提案してみた。

しかしながら、震え上がった女の子にとって、
その言葉は救いの光だった。早速、唱え始めた。

「南無阿弥陀仏南無阿弥陀仏南無阿弥陀仏・・・。」

一心不乱に唱える女の子。その光景にどこか部屋の空気が
暖かくなって和やかな雰囲気が流れ、締めくくるはずだった。

次の瞬間、震え上がる女の子が一心不乱に唱える念仏を
、そして部屋にいた全員を凍りつかせる声が、耳に届いた。

誰しもが間違いなく耳にした、低い、この世のもの
とは思えない恐ろしさをはらんだ男の声。











「そんなの効かねえよ。」
日課となっている耳掃除を、三日ほどしないで
耳の穴に耳かきを突っ込んでみた。

すると奥の方で聴こえるガサっと言う音。
押し込まない様に慎重に、中心から掻き出す。

案の定、大漁豊作だ。何度も慎重に同じ作業を
繰り返す。ヤバイ。普段毎日何度も掘っている
だけに、数日置いただけでこんなになるとは。

奥の方で一周。少しずつガサガサは取れていく。
指で浅い所を確認。手前に結構細かいのが
貼り付いてるな…。少しずつあたりをつけて
細やかに耳かきを動かしていく。

へらに次々と耳垢が乗る。これはたまらん。
痒い所も掻いてみると耳垢が。これ全体に
耳垢があるんじゃないか。ある程度やったら
綿棒でも細かいのを取った方が良いかも。

奥の方で一周、中間で一周、浅い所を一周。
何度でも耳かきで掻き出して、それでも
なかなか無くならない。湧いてるんじゃないか。

これだから止められ無いんだよな。耳垢が取れて、
痒い所に耳かきが届いて、掻き出す快感。

小一時間の格闘の末、耳垢がたんまり除去出来た。
念の為にと違和感ある所を掘ると、まだ取れる。

よく耳かきを使い過ぎて耳垢が無くなったなんて
話も聴いた事があるが、毎日掘っても無くならない
この耳は異常なんだろうか。しかしながら人より
奥まで耳かきを突っ込んでいるというのに、
血が出たりはしない。長年の刺激で皮膚が厚いのか。

いやしかし何度やっても気持ちいい。綺麗に出来て、
快感。何と言う素晴らしい作業なのだろうか。

思考を巡らせながら、満足するまで堪能した。
椅子に座ると、彼女が横に椅子を並べて、
同じ方向を向いて座る。

「それじゃあお願いします。」

「うん…。」

俺は耳かきが好きだ。そして彼女は好きじゃない。
だけど俺と彼女は愛し合っていて、彼女は俺の為に
好きでも無い耳かきに挑戦してくれるのだ。

こういう耳かきと言えば、膝枕かも知れないが、
あいにく椅子があるだけにここはそんなことが
出来る場所ではないし、耳かきをし慣れていない
彼女にとっては、やりづらいかも知れない。

耳垢が落ちる可能性だってあるからね。
俺は前を向いたまま、横から彼女が
耳かきをしてくれる。意外とこれが
医者なんかでもやってもらえる体勢な
だけあって、充分に気持ちいいのだ。

やり慣れていないからか、浅めの所を
首側の方から回転させるように耳かき。

耳には敏感な場所があって、穴の顔側
から頭側にかけてそうだったりする。

彼女は完璧を期するあまり、敏感な部分を
他の部分で耳かきする時に同じ力の為に
俺がビクつくのが嫌なようだ。それも
感覚の反射だからしかたがないのだが。

俺にとって大事なのは、彼女が好きでもない
耳かきを俺の為にやってくれることが
嬉しく、感謝しているのであって、快感や
耳垢がどれだけ取れたかなんて二の次。

やる範囲が浅く、俺があらかた綺麗にした
後にやってもらう事が多いから、それほど
取れないであろう事も予測していたし。

短い時間ではあれど、その時間は全神経を
集中して、彼女からの献身的作業を堪能する。

膝枕なんて相手の脚を痺れさせるだけだろうし。
そんなことしなくたって、俺の耳は充分に気持ちいいのだ。
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1987/01/14
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夢人に付き合わされた哀れな若輩者
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