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バイト先に新しく入って来た君は、スレンダーで背の高い私より大きくて、何となく恥ずかしかったのを覚えている。何でだろう。

私には付き合ってる人がいるのに、君は一生懸命私と接する時間を作って、好きだって気持ちを態度で表してくれたね。少しだけ、嬉しかった。喜んじゃいけないのかもしれないけれど。

君は部署が変わっても頑張っていたから、何となく少しずつ見る目が変わって行ったんだよ。君はきっと、私の心の中なんて知る由も無いだろうけど。

バイト先から花火大会の花火が見えた時に、二人だけで花火を眺めた事があったよね。君は私と花火を見に行きたいって言ってくれたけど。私には付き合ってる人がいたし、なんて答えて良いかわからなくて、笑ってしまったけど。本当は少し嬉しかったんだ。

いつだって君はまっすぐで。まっすぐに私の小さい目を見つめてくれて。たまにドキっとした事もあるんだよ。少しずつ、少しずつ。私の中の何かが変わって行ったのを、ごまかして過ごしていたのは隠せなかったと思う。

だからね、君が辞めてしまうって聴いた時。二人っきりで、ご飯食べたよね。君は浮わついた、私に対する緊張したような、喜んでいるような、そしていつもの表情で。ありがとうございました。って言ってくれた。

本当はね。君がちゃんと私に告白してくれるんじゃないかって。してくれたらどうしようかって少しだけ考えてたの。だから、何だか肩透かしを喰らったような…。裏切られたような気持になってしまって。

少し悔しくなって、悲しくなって、切なくなってしまって。何て言っていいかわからなくなって、軽く頭を小突いてしまった。ごめんなさい。

君の気持ちに応える事なんて、出来ない可能性の方が高いのに。憧れてくれていたであろう君を、いつしか私の物だって勘違いしていたのかもしれない。

それに、君と一緒になりたかったら、本当はもっとたくさん時間があって。私にもしも現状を打破する覚悟があれば、一緒になれていたのかもしれないのにね。

停滞を選んだ私には、何も言う資格なんて無い。だから、お疲れ様でした、って。事務的な挨拶だけで終わってしまった。君は何とも言えない表情で、私を見つめて、深々と頭を下げて残りの仕事に戻った。





君は今、元気にしてるかな?私じゃ無い、お似合いの誰かと幸せに暮らしているのかしら。私の事はもう忘れてしまっただろうけど、君は幸せに生きているよう願っているよ。ありがと。
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私でも知ってるような有名なアーティストの歌が頭に浮かんだ。

卑猥や残酷を言葉にして直接口に出したり文章にするような下卑た快感さも嫌いではないが、一人でいる時にそんな事をする必要も無く、淡々とただ過ごすだけである。

寸胴の鍋いっぱいいっぱいに詰め込んだ具材を、おたまを突っ込んでぐるぐるとかき混ぜながら火に掛ける。しばらくしたら味付けを整えて行こう。

あなたの考える部分や、液体を綺麗にする部分はきっと良い出汁が取れると思う。肉はどうかなあ。一応酒に浸してから下茹でしておいたから、それほど臭みは無いと思うんだけど。味を損ねるのは癪だから、後で香草などのスパイスも少々加えておこうかな。

あなたに特に不満があった訳じゃ無いよ。元々別に付き合っていたとかでも無ければ、私があなたを特別好きだった訳でも無い。もっと言えば、あなたと私に一切の面識は無いんだから。

だけどね。美味しそうだなって思ってしまったの。思ってしまったら我慢出来なくなってしまったの。どうやって具材にしたかは秘密。出来るだけ食材としての鮮度と味は損なわないように細心の注意を払ったから、最高の状態で調理を始められたはず。

雑味を撮るためにじっくりと時間を掛けて灰汁を取って。手間を掛ければ掛ける程、食べる時の喜びもひとしお。これだけの量を食べるのはちょっと大変な気がするけど、きっと食べ始めてしまえば平らげるのはそう時間は掛からないんじゃないかな。

冷蔵庫に保管して観賞用として楽しむ人もいるみたいだけど、私にはそんな趣味は無いから、全て具材を鍋に入れておいた。そうそう。先に骨から出汁を取ったりもしてね。結構深みのある味わいになるんじゃないかと思って。後で乾燥させて粉にしたらまた使えるかもね。なかなか味わえるものじゃないし、矛盾してるけど、長く楽しみたいから。

かなり細かくして鍋の中に入れたから、きっと長い時間掛けたら、溶けてしまって、鍋と言うよりはスープになると思う。あなたのエキスを凝縮した、美味しい美味しいスープ。まだ食べた事は無いのだけれど、想像を巡らせるだけでよだれが止まらない。ああ、早く出来ないかな。焦る必要は無いし、お腹が空いてる訳じゃ無いけれど、脳があなたのスープを早く食べたいって欲している。

煮込んでしまえば、形も無くなる。もうすぐ出来上がる。
あなたの為じゃ無くて、誰よりも私の為だし、れっきとした日本食だけどね。





出来上がり。
目の前にある皿にミルクが注がれている。犬や猫じゃああるまいしとは思うのだが、注いだのは自分。つまりこうしたのは気分だ。別にコップでもとっくりにおちょこでも、飲み終えたペットボトルでも良かったのだが、今の気分は自分でもよくわからないが皿がしっくり来た。

このミルクには、毒が入っている。私が詐欺にでも引っかかっていなければ、致死量には充分な程の毒が入っているはずだ。匂いを嗅いでみるが、違いは分からない。飲みやすいようにわかりづらくしてある可能性もある。

何でこんな事をしているかと言うと、死にたくなったからだ。じゃあなんで死にたくなったのか。理由は一つでは無かった。色々な事が積もり積もって、私が死を覚悟するのに、選択をするのに十分なだけの、負の感情が溢れ出したのだ。

だったらすぐに死ねばいいじゃないかとは自分でも思うのだが、いざ死ぬとなると死んだことも無いくせにどうにも恐怖心が湧いてくる。痛いんじゃないか。苦しいんじゃないか。もう死ぬ事は決まっているのに、死ぬ事は選べても苦痛はどうやら嫌らしい。これを乗り越えないと死には辿り着けないのだが、何もかもが嫌になって死を選んだ人間になおも努力を強いて来るとは、なかなかに死も随分とサディスティックな存在のようだ。

もう皿に注がれたミルクを前に、一時間もこうしている。もがき苦しむ自分の姿が頭をよぎる。怖い。でも死にたい。どうして俺がこんな思いをしなければならないのかと、場違いな怒りが頭を掠めたが、そうしようと思ったのは自分じゃないかと、自分自身が可笑しくて笑ってしまう。

皿とミルクと笑い声。何ともシュールな絵なんだろうなあと、再三想像したように私自身の姿を想いながら、それでもやはり死を選ぶ気持ちは強いらしく、この場所からは動けず、止める事なんて到底出来ないと考えていた。

誰にもこの事は伝えていないし、邪魔が入る事は無い。後はこれを飲み干すだけだ。さあ、ぐぐぐいっと。飲め。飲むんだ。そうすればこの辛い辛い世界からおさらば出来るんだ。苦痛なんて一瞬じゃないか。頑張れ、頑張れ。

自分を奮い立たせてみるも、なかなか手が動かない。やっとのことで少しづつ手を持ち上げる。やった。テーブルの上まで来た。何故だろう。物凄く冷や汗をかいている。呼吸も荒い。怖いんだ。

そして震える手で一気に皿を持ち上げると、出来るだけすぐに死ねるように、一気に喉へとミルクを注ぎ込んだ。
初めて会った時から、君との距離はとても遠くて、電波を介して連絡するしか出来なかった。

君から誘ってくれて私はとても嬉しかった。一度会ってしまえば、心の距離はすぐに近づいた気がした。だけど実際の距離はいつも遠くて、二人の意思で意識的に近づかないと、触れる事さえ叶わなかった。

冬の寒さや届かない距離を乗り越えて、でも君とはさらに遠い距離になって、このまま一緒にいれるかどうかさえ分からなかったね。だから、一緒になれると君の意思を聞けた時は、何かまるで夢でも見ているんじゃないかと思ったよ。

距離の遠さがそのまま簡単には二人を一緒にしてくれなかったから、たくさんの書類や許可を必要としたけれど、君と一緒になる為に、ものぐさな私も努力する事にした。それが私の幸せだったからね。大変だったけど、苦とは思わなかったよ。

そしてようやく認められてからも、君との距離をなかなか近づける事は出来なかった。君には果たさなければならない約束があったから、それを無事果たしてから、やっと触れられるだけの距離に来てくれた。とても嬉しかったよ。ありがとう。

だけど他人同士が家族して暮らすのは並大抵の事じゃないのを良く知っていたから、それでも君との生活を擦り合わせて、何とか上手く暮らせるところまで二人で来れたと思う。君にはたくさん苦労を掛けているかもしれないが、私は今本当に幸せで、間違いなく君を愛している。

たまに喧嘩になったりする事もあるけれど、それはそれで別の話。違う人間同士が暮らす上で、避けられない壁なんだ。君は良く不安げに訊ねて来るけれど、その程度で私たちの愛は揺るがないと、私は思っているよ。

そして君は定期的に、私との距離が離れざるを得ない時間もたまに来てしまうけれど、心の距離はすぐそばにいると私は信じているから、遠く離れても淋しさはあっても心配しない事にしている。

世界は広くて果てしないけれど、どこにいても、君と愛し合っているのだと言う実感があるから、何かで私と君は繋がっているのだと言う実感があるよ。

移動するのに時間が掛かるから、常に君の無事は願っているけれど。時間と共に、また会える時には、君との愛は深まっていると確信している。それが君と一緒になった事の幸せそのものだし、何よりも君に対しての注ぐべき愛情とその証なのだと、私自身は思っているからね。

どうか、身体にだけは気を付けて。遠い場所での生活を楽しんでおいで。
先輩!私、告白できなかったけど、先輩の事が好きでした。

先輩は本当は心通じる人がいるって、目の前で見ていてわかっていたけれど。でもね、先輩。恋をする先輩も、本当はこう胸がキュンとして、凄く好きだったんですよ。

私が応援団に入って、先輩は応援団長でした。先輩が想いを寄せていたのは、先輩の同級生のあの人ですよね。

頭も良くて、運動神経も良くて…。私なんて敵わないと思いました。だから、私、頑張ろうと思って先輩がなれなかった生徒会長に立候補したんです。

実は私、昨年の先輩が立候補した生徒会長選の時から、先輩の事見てたんですよ。だから、堂々とした先輩に、私一票入れたんです。でも、先輩は負けてしまいましたね。先輩が本当は無理やり乗せられただけで、そんなになりたくなかったって、風の噂で聴きましたけど(笑)

先輩とあの人が、先輩の好きな人の話になった時、緊張しました。

話の内容はわからなかったけど、何だか、こう…。先輩とあの人にしかわからない言葉が交わされていたんだと思いました。

生徒会長選の時に、私に票を入れてくれた時、私本当は抱き着きたかったんです(笑)でもね、応援団のみんなが見てたから、我慢しました。本当に、抱き着きたかったんですよ。本当です。



運動会が終わってしまって、先輩と会えなくなって。先輩は受験で、私は生徒会。忙しくなって、顔も合わせなくなって。先輩、自分の志望校に合格したって聴きました。おめでとうございます!

それから、卒業式前に、あの人に告白したんですよね。先輩、凄いです。私は先輩に告白出来ないでいるのに。私、フラれた事になるんですかね?でも、私思ったんです。やっぱり先輩を好きになったのは、間違いじゃ無かったって。誇りに思います。





先輩が卒業してしまって、私にも受験の季節がやって来て、高校に入学しました。先輩、彼女が出来たんですね。この前、最寄駅からの帰り道、先輩が彼女を優しく送ってるところを見ましたよ。

なんでだろう。悔しいはずなのに、先輩が幸せでいるのを見て、私、安心しました。同時に、頑張ろうって思いました。きっと先輩は私にとってずっと憧れのままなのかもしれません。私も頑張りますから、先輩も元気で頑張ってください。

私の青春は先輩と共にありました。そのことを凄く誇りに思います。いつかどこかで出会えたら、ありがとうって言いたいですね。その時、先輩は私のこと覚えてるかな?自信無いな(笑)
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