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完全フィクション
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大いなる海と言えば聞こえは良いが、人類を蹂躙する程のその大きさに私はいつも恐れをなしていた。

なんて言い方をすれば少しは格好がつくだろうか。簡単に言ってしまえばただのカナヅチである。

そんな私がなぜこんな所に辿り着いたのかと言うと、これもまたあまりにもありきたりで簡単な話なのでもしも実情を知る者がいればつまらないの怒るかあくびのひとつでもするかもしれない。要は恋人に別れを告げられた。振られたのであった。

相手に言いたい事の一つもあるのだが私は私で至らない、悪い所もあっただろう。別れを告げられた時は何となくそんな予感もしていたので別段驚く事は無かったのだが、いかんせん自分でも信じられないぐらい悲しかったらしく、相手がいなくなってからじわじわと独りであることを実感すると、何もかもが切なくなって苦手であるはずのこんな場所へ来たのだった。

「うーみーはーひろいーなーおーきーいなー・・・へへへ・・・。」

歌ってみた所でまだまだ落ち込んでいることに気付く。努めて明るく振る舞ったつもりが自分の落ち込みようを思い知ることになって、輪を掛けてどん底に悲しくなってしまった。

いつもはとても恐ろしい海も、今はその大きさに安心感を覚える。とぼとぼと波間を避けることも無くただただ深みへと歩いて行くと、この世界の悲しい寒さよりも温かく感じて心地良かった。

いよいよ足が付かなくなって来るともうどうでもいいやと言う気持ちになり、そのまま波に流される。いつもならもがき苦しみ溺れる所であろうが、何と私の身体はゆらゆらと波間に浮かんでしまうのだった。





それからしばらく流されて、元いた所もわからなくなり、海のど真ん中に放り出された。いつの間にか私は泳げるようになったようで、服を着ていてもクロールだとか平泳ぎに挑戦してみたらあっさり泳ぐことが出来るようになってしまった。今までの恐怖はなんだったのだろう。頑なに拒んでいた心を開いたおかげか、どうやら私は海と和解出来たようだ。対話した訳でも無いのにね。

結局はやらず嫌いとでも言おうか、怖がって挑戦する気が無かっただけの話だった。ここへ来て泳げるようになり、見知らぬ島に辿り着き、人生わからないものだなあと冷静に服を脱いでたき火を炊いて乾かすことにした。

ありがたいことに暖を取れそうな洞窟まで見つかってしまった。これはいよいよ神様に生きろと言われているような気さえしていた。

気が済むまでここにいよう。お腹が空いたら帰りたくなるかもしれない。

温かな岩の感触を不思議と心地良く感じながら、身体が乾くころには眠りに就いたのだった。
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歩いても歩いても。そのどんよりとした雲は収まらず。とにかく前だけを向いて明るい場所を目指して…いや、いつか明るくなることを望んで歩を進めている毎日。

大したことないって誰が決めても自分には納得が行かない。そんな中でただ自分の身体に線を引いては安心する。

誰かが止めろと言ったところでそこに安心があるのであれば続けるしかないと思う。硬すぎるマフラーがいつか旅立たせるかもしれないと言うことよりもよっぽど重要だと思う。

きっかけなんてどうってことないんだ。ほんの小さなことで泣いたり笑ったり。それが生きてるってことじゃないかなんて考えはずっと昔から数えきれないぐらい星の数ほど繰り返されて来た。それは正しいからか、事実だからか、その場しのぎでもやり過ごすことが出来るからだろうか。

何にしても自分だけが納得の行く理屈があれば屁理屈でもいい、この手につかみたい。

脳がドロドロになるぐらいの快楽が続いても、遠くからやって来るどんよりとした曇天が晴れる訳でも無く。少しの間忘れることが出来たとしても、そこにあることには変わらないのだ。

ゴールなんて見えやしないし、テープを切るまではそこが終わりだなんて思えない理不尽なレース。

もしかしたらとっくのとうに通り過ぎてるかもしれないのに、周りを注意深く探りながら時に匍匐前進、時にパントマイムの如く音を殺して、思い付きで全力疾走をかまして進んで行く諸行無常。

虚しくはないか。悲しくはないか。辛くはないか。自分自身がわからない。

楽しかったり嬉しかったりしてもそれが永遠に続く訳では無い事はみんなわかっているのだろう。

それでもひとときの光を頼りに何となくスタートラインを飛び出したからには寄り道して彷徨っても前に進まなければならないのだ。

あなたにとって意味のある事とは。自分にとって意味のある事とは。他人が決めるものでは無いはずだ。自分で決めて良いんだ。自分が決めるべきなんだ。

飛び降りても飛び込んでもキャンセルは出来ないし、運任せで近道が遠回りになる事だって有り得る。とにかく世界は広いけれど狭い。見ている景色すらそうだから時折嫌になる。だからと言ってずっとそんな訳でも無い。

地面が無くなれば下へと落ちる。翼を生やして飛ぶ事すら出来ず。この両足すらも失ったとしても進んで行くしかない。

振り返れば何が見える?遠くを眺めて何が見える?

今しかない。過去も未来もここには無い。

感じられるものが全て。

ただそれだけだから。
椅子に括られて。

猿轡を噛まされて。

目隠しをされて。

今が昼なのか夜なのかもわからない。

そんな部屋に監禁されている。

いつのまにかこんな状態になって。

それからどれぐらい経っただろう。

あまりの繰り返しの毎日に記憶すらも曖昧になっている。

何故か一人の異性が世話をしてくれている。

食事、排泄…。基本的欲求から生まれ出でるものに対しては全て片付けてくれているようだ。

もちろんそんな状況を望んでなどいない。

出来る事なら今すぐここから逃げ出したい。抜け出したい。

しかしながら気が付けば睡眠もベッドに縛られてきちんと?眠れてしまっている。

いつしかこの状態に安堵感すら覚え始めている自分が腹立たしい。

しかしながら今の所上手い方法が思い付く訳でも無く。

きつめに縛られている訳でも無いのだが、絶妙な所で自由は奪われているようだ。

たまに呼吸音が聞こえるが、あまり話しかけては来ない。

それは知っている顔なのか、全く知らない顔なのか…、

興味は尽きないけれどもとにかく聴くことも見る事も出来ないのだ。

悔しくて悔しくて涙が出ることもある。

その涙を優しく指やタオルのようなもので拭いてくれる。

そんな優しさがあるのなら、何故自由にしてくれないんだ!

叫んで訴えかけてもウーウーと呻くだけになる。

なんでこんな仕打ちを受けなければならないのか。

全く思い出せない。何が原因かもわからない。

ただ毎日、望んでもいないいたれり尽くせりの中に身を溺れさせるだけだ。

最初の頃はこんな目に遭わせた奴を殴ってやりたいとも思ったが。

今ではもうただただなぜこんなことをしているのかと問い質したいだけだ。

しかし今がどんな状態でどんな時間なのかもわからないまま。

私は死んでいくのかもしれないな…。と漠然と思った。





「あの患者さん、とても植物人間とは思えないわ。」

「一体どうしたんだい藪から棒に。」

「だって涙を流したり、何かを言おうとしているように見えたりすることもあるのよ。」

「脳波はほとんど動きすら感じられないんだがね…。」

「私のことはわからないかもしれないけれど、何かうっすらと感じるものがあるのかしら。」

「こればかりは我々でも本人でも無ければわからないのかもしれないな。人体の神秘だ。」

動けない人間の少しだけ希望の込められた錯覚。それとも幻想だろうか。

私は自分がいつかそうなるかもしれない可能性を思うと、真摯に職務を全うし続けることが救いなれば良いと、柄にもなく神に祈った。
まさか自分がこんな目に遭う事になるなんて、数年前は思ってもみなかった。



今まで見て来たのは、顔の丸い彼らの無残な姿。気が付けば曲げられたものや、それはもう力任せに折られたものから、時間を掛けてなぶり曲げられたものもいた。

我々はやりづらいのであろう、その誇らしい多叉の鉾のような出で立ちが、ある種危険から遠ざけてくれていたのだった。

いとも簡単に曲げられていく奴らを横目に、あれだけの衆目を晒しながら見るも無残な姿で役割を終えてしまうのはこんなにも悲しい事なのだな、と他人事のように思ったものだった。

しかし。

しかしだ。

どの時代にも勇者はいる。挑戦者もいる。向上心があり、技術研鑽を積み重ねて、想いも寄らないことを成し遂げてしまう達人は、いつの時代にも奇跡的に、いや時代の流れから必然なのかもしれない。

私は信じられないものを見た。

仲間たちが次々と曲げられていってしまうのだ。いとも簡単に。そう、顔の丸い彼らが次々と曲げられていくように。

私は恐怖した。仲間たちの下で、いつしか、明日は私の番なのかもしれないと、とにかく怯えながら、そして選ばれないことだけを祈りながら、毎日の平穏に安堵しては、また恐怖する日々を過ごした。

そして悪い事は重なるものなのだなと思った。ついに私がいる場所を移される時が来た。しかも衆目に晒されるような状況を察することが出来る準備の様子。私はついにこの日が来たのかと覚悟を決めなければならなかった。

我々は頑丈な身体で出来ている。だからこそ挑戦のしがいもあるのかもしれない。

デモンストレーションとばかりに丸い顔の奴らの、新たな犠牲者が積み上げられていく。他人事であれば憐みもしたがそんな余裕は無い。次は私たちなのだ。

そして一人一殺と言わんばかりに、ひとりひとりの前に並べられていく。私はまだ並べられずにいた。仲間たちよ、すまない。私はまだここにいる。

丸い顔のやつらよりは時間が掛かるようだが、凄惨な仲間たちの曲げられていく姿が目に入る。せめて仲間たちの最期ぐらいは見届けよう。覚悟を決めて曲げられていく様子をしかと見届けていた。

すると私が突然持ち上げられた。一番の加害者である憎きあの達人だ。彼に曲げられた仲間たちの数は計り知れない。そして軽そうな雰囲気で私を持った。

「スプーンでもフォークでも、曲げるのはそんなに難しくないんですよ~。コツさえ知っていれば…ほーら!」

視界が歪む。ブンブンと身体を振り回されると、私の身体は四方八方にねじ曲がっていた。

『おお~!』

凄惨な見世物と言うものは時に人の興奮を誘うらしい。私の無様な姿を見て観客が熱狂している。

さらば仲間たちよ。せめて何かを食べる為の道具として、生涯を終えたかった…。まさか曲げられるために生涯を終えることになろうとは…。





無念。
IT業界と言えば聞こえが良いが、要は私はデスマーチの続く牢獄のような部署…ブラック企業に勤めていた。

私の唯一の支えだったのは何でもそつなくこなせる後輩。後輩がいなかったら乗り越えられなかったプロジェクトはいくつもあるだろう。

後輩はいつも笑顔で、楽しそうに仕事をする。上司の無理難題にも全力で応える。都合の良い部下として扱われてはいたが、誰にでも好かれる後輩は仕事を誇りに思っているようだった。

そんな折、いくつもの修羅場を潜り抜けて来て、それは起こった。こともあろうか例の私たちの直属の上司が、その後輩に失敗の責任をなすり付けたのだ。

失敗したのがその上司なのは一目瞭然。大きなわかりやすい判断ミス。しかしながら現場のことなどどうでも良い上層部は、上司の失敗を上司自身が後輩のものとして報告する言葉を鵜呑みにしたのだ。

その日から後輩は変わった。いや、大筋はほとんど変わっていない。ように見える。仕事はこなし続けているし、無理難題は次々とその手腕でみるみるうちに解決して片付けて行く。しかし、合間を見つけては小刀で木材を削っているのが気になった。

気になった…が、あまりにも鬼気迫るいつもの後輩とは違う表情なので、こちらとしても何と声を掛けたら良いのか、もしかしたら私がここで後輩に勇気を出して声を掛けるべきだったのかもしれないが、とてもじゃないが恐ろしくてそんなことは聴けない程に、仕事の合間を縫っては手のひらに収まるぐらいの大きさの木材を削り続けた。

そんなある日のこと。後輩は一仕事片付けて、多分その時溜まりに溜まって積み重なっていた仕事はその時点で全て片付けていたはずだ。その辺は後輩らしいな、と後になって思うのだが、後輩は私に向かって真剣な眼差しでまっすぐこちらを見据えて言った。

「先輩、お世話になりました。私、先輩と仕事が出来てとても楽しかったです。」

ぽかん。

と言う言葉はこういう時に使うのだろう。あまりの突然の申し出に、私は目を丸くして何と答えて良いのかわからず固まっていると、にこっと満面の笑みを浮かべて、今度はツカツカツカと上司の元に歩み寄った。

「もうやってられません。お世話になりました。」

ビタン!

振りかぶって第一球、投げましたとばかりに上司の顔に叩きつけられたのは、例の木材で彫られたスプーン。

木の匙。

匙を投げる。

「あ。なるほど。」

場違いな感心を口にすると、今度はドカンと上司の机に辞表を叩きつけて、後輩はそれはそれは美しく颯爽と去って行った。

職場の全てが凍りついたように時間が止まっていたが、しばらくして自分が犯したもっと大きな失敗と損失に気付いたのか、時遅しとは言えど必死になって職場を飛び出して、きっと後輩を追い掛けに行ったのだろう。でも後悔してももう遅い。

それから後を追うように私もその仕事を辞めた。
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